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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)16号 判決 1967年3月22日

原告 大友秀男

被告 東京都住宅局長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、東京都江戸川区東篠崎町所在都営住宅東篠崎住宅団地屋外給排水衛生設備等工事に関する注文者東京都工事請負人大東建業株式会社間昭和三九年三月一四日付工事請負契約について、昭和三九年一〇月一三日頃訴外富士工機株式会社に対し、右工事請負代金一五二六万円を支出した処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

1  原告は昭和三七年一一月二九日以降肩書地に居住する東京都の住民であり、被告は昭和二七年一月一日東京都訓令甲八七号都処務規程により一〇〇〇万円以上四〇〇〇万円未満の住宅工事もしくは修繕工作に関し専決権限を有するものである。

2  被告はその権限にもとづき昭和三九年三月一四日に工事請負人大東建業株式会社との間において東京都江戸川区東篠崎町所在都営住宅東篠崎住宅団地屋外給排水衛生設備等工事について請負代金一五二六万円、代金支払時期工事完成し竣工検査合格後請負人の請求により四〇日以内、特約工事代金債権の譲渡についてはあらかじめ知事の承認を得る旨の工事請負契約を締結した。大東建業株式会社は訴外渡辺安治、同桂建設工業株式会社の両名に右工事を下請させて昭和三九年五月一〇日頃着工させたが、同年八月五日頃手形不渡を出して銀行取引停止となり、事実上倒産したので、工事は右工事下請人の手により同年九月七日までに、施行完成され同時に竣工検査を受けた。被告は右工事下請人の申告にもとづき竣工検査をし、合格と認めて右工事の引渡を受けながら、右同日に右工事請負代金一五二六万円を右工事には一切関知しない訴外富士工機株式会社に支給する旨の支出命令を出し、同年一〇月一三日頃東京都出納長室より右金員を支出した。そして右支出の事由は、大東建業株式会社が同年八月一二日付をもつて富士工機株式会社に対して右工事請負代金債権を譲渡した旨の同年八月一三日到達内容証明郵便による書面の通知を被告が受領したからというのである。ところで右債権の内金九八万円につき債権者鋳鉄管商事株式会社債務者大東建業株式会社第三債務者東京都間の当庁昭和三九年(ヨ)第六一八七号債権仮差押決定が同年八月一五日に、内金三〇〇万円につき債権者渡辺安治債務者大東建業株式会社第三債務者東京都間の当庁昭和三九年(ヨ)第六三一六号債権仮差押決定が同年八月三一日にそれぞれ東京都に送達されていたものである。

3  右支出処分の違法

(一)  大東建業株式会社の富士工機株式会社に対する同年八月一二日付右工事請負代金債権譲渡は全く知事の承認なくしておこなわれたものであつて、前記工事請負契約の特約条項に違反しているだけでなく、この種債権譲渡契約においては、債権譲受人がすくなくともその工事請負契約書を閲覧検討したうえで譲渡契約に及ぶのが通常であるから、譲受人たる富士工機株式会社は前記特約条項を承知のうえで債権譲受けをしたものであることが常識上当然推定される。したがつて富士工機株式会社は右債権譲受をもつて東京都に対抗することができないから、これを本件工事請負代金債権の正当なる受領権者と認めることは違法である。

(二)  前記特約条項が本件工事請負契約書に明記された所以は、東京都契約事務規則(東京都規則第二一三号昭和二四年一一月一九日施行、改正昭和三一年一〇月一日規則第九号)第二四条「契約に関する権利義務は知事の承認を得なければこれを他人に譲渡し又は担保に供することができない」の規定に基づくものであつて、これを住宅工事に関していえば、その工事代金は東京都住民の福祉のための事業遂行にその使用を認められたものであるから、濫りにその代金債権を他に譲渡処分することにより事業の遂行に支障を来すことを惧れ、これが防止策として特に設けられたものであつて、その性質上公益性を帯び工事完成までは本来工事請負代金債権の譲渡を禁止したものである。換言すれば、右条項は工事請負代金債権の性質を宣言したものであつて、その債権はあらかじめ知事の承認を得るのでなければ譲渡し得ない性質のものであることを明らかにしたものである。したがつて、かりに富士工機株式会社が善意の譲受人であつたとしても、本件債権譲渡は無効であり東京都に対してなんら効力を生じない。

(三)  被告の本件支出処分は、当該公務員が当然遵守すべき誠実義務に違背し、信義則を無視し、重大過失によりこれをおこなつたものであるから違法である。

(イ)  本件工事は、これにつき大東建業株式会社が工事請負人名義を有するだけで、実質は東京都工事担当係員の指示に基づき前記工事下請負人らによつて施行されたものであり、かつ、大東建業株式会社は昭和三九年八月五日に倒産し(負債総額約五〇〇〇万円)工事遂行の実力もその見込もないことが明らかであるから、被告としては遅滞なく民法六四一条によつて契約を解除し、工事にまつわる債権債務の予想される複雑性を除去する方途を採るべきである。しかるに被告は本件工事の最高責任者であるにもかかわらずその善良なる管理者としての注意義務を怠つて漫然拱手し、徒らに大東建業株式会社の富士工機株式会社に対する恣意的債権譲渡を招来したのであつて公務員としての職務上誠実義務にも違背している。

(ロ)  かりに右債権譲渡が正当なりとせば、右の事情の下においてはすくなくとも本件工事請負代金債権に重大な利害関係を有する前記工事下請人らに対してその旨を遅滞なく告知し、その出血を甚大ならしめないように配慮すべきこと信義則上当然である。しかるに被告は工事完成までそのことを黙秘し、前記工事下請人らに莫大な出血工事を実行せしめながら突如工事完成に至つて右債権譲渡は有効なりとして本件支出処分を敢行し、それまでの工事施行人らの労苦と甚大な損失を些かもかえりみないのは、いやしくも公共の重職の地位にある者のとるべき態度でないのは勿論、誠実義務、信義則に違背し、重大過失により本件支出処分をしたものであつて、その処分の無効たるを疑わない。

(四)  被告がその権限内の事項につき公金を支出する場合には、たとえそれが工事請負代金の支払いという公共団体の支出となるべき契約の実行に過ぎず、何ら具体的な法律又は条例に基づくものでない一種の裁量行為であるにせよ、やはり法令又は予算の定めるところに従い(地方自治法二三二条の三)、正当な債権者のためになされなければならない(同法二三二条の五)ことはいうまでもない。のみならずその公金の支出は地方公共団体の存立目的に反したり、社会観念上著しく妥当を欠いたり、公平を失してはならないことは当然である。この裁量権の範囲を超え又はそれを濫用して不当な支出をすることは、裁量権の範囲内での当、不当の問題たるにとどまらず、それ自体違法である。被告の本件支出行為については右の意味における裁量権の逸脱もしくはその濫用がある。

4  そこで、原告は、地方自治法二四二条の二第一項にもとづくいわゆる住民訴訟として、被告の違法な本件支出処分の取消しを求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その理由として「本件訴えは、地方自治法二四二条の二第一項にもとづくいわゆる住民訴訟であるところ、同条項により裁判所に対して訴求できる事項は同条項の一号から四号までに掲記されたものに限られ、これによれば、当該行為の取消しを求め得るのは、行政処分たる行為を対象とする場合に限られているのであるが、本件において、被告が工事代金を富士工機株式会社に支払う旨の決裁をした行為は、工事請負契約に基づく代金の支払いという私法関係に係るものであり、かつ、単なる東京都の内部的意思決定に過ぎないのであるから、その意味をある程度広く解するとしても行政処分の性格を有するものでないことは詳説するまでもない。したがつて、被告の本件決裁行為の取消しを求めることは、法律上許されないのであつて、この点において本件訴えは不適法であり、却下を免れないものである。」と述べ、本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張として次のとおり述べた。

1  原告が東京都の住民であること、被告が東京都職員としてその職務につき原告主張どおりの専決権限を有すること(ただし、昭和二七年一一月一日東京都訓令甲第八九号都処務規程による。)、被告がその権限にもとづき原告主張の日に大東建業株式会社との間においてその主張の工事につき主張どおりの請負契約を締結したこと、原告主張の如き工事請負代金債権の譲渡通知にもとづき被告が昭和三九年九月二四日に右代金一五二六万円を債権譲受人富士工機株式会社に対して支払うべき旨の決裁をしたこと、右債権譲受人が原告主張の日にその代金全額を東京都から受領したこと、原告主張の債権につきその主張の当事者間主張どおりの各債権仮差押決定がそれぞれその主張の日に東京都に送達されたことは、いずれも認めるが、その余の原告主張事実はすべて争う。なお、本件工事は昭和三九年八月二八日に完了し、同年九月九日にその竣工検査を受けたものである。

2  富士工機株式会社に対する本件支払いが正当であることについて述べれば以下のとおりである。

(一)  本件債権譲渡にあたつて、富士工機株式会社が本件工事請負契約書を見たとしても、債権譲渡禁止の特約文言は、契約書の裏面に小さな活字でぎつしり印刷された二三箇条に及ぶうちの一箇条であることと、譲受人としては、契約書の表面に見やすく表示された請負人の氏名、請負代金額、それに注文者が東京都であることを確認すれば、それだけで十分信用できることなどの事情から考えると、右特約条項まで譲受人が読んだとは必ずしも断定できないのであつて、そうすると、被告としては、富士工機株式会社の悪意を立証することは不可能であるから、右特約をもつて同会社に対抗することはできない(民法四六六条二項)。

(二)  また、右の点を別としても、大東建業株式会社は富士工機株式会社から融資を受けた担保として、債権譲渡に先立つ昭和三九年七月に本件代金債権の取立を富士工機株式会社に委任したところ、被告は、かかる代金の受領委任が担保の目的を有する債権譲渡と実質的に同様の効果を有するとして金融界で広く利用されていることを承知の上で、同月一六日付文書で受領委任を承認しているし、さらに債権譲渡通知を受けてまもなく、富士工機株式会社に対し本件工事の完遂につき資金面の協力をするよう要請しているのである。以上のような諸事情からすると、被告は本件債権譲渡をその前後の時期において承諾したものというべきであるから、譲渡禁止の特約をもつて譲受人たる富士工機株式会社に対抗できず、したがつて債権譲渡は有効である。

理由

本件訴えは、被告が、普通地方公共団体である東京都の機関として、訴外大東建業株式会社との間において昭和三九年三月一四日に都営住宅衛生設備等工事の請負契約を締結し、同年一〇月一三日頃に右契約に基づく請負代金一五二六万円を右代金債権の譲受人である訴外富士工機株式会社に支出したとして、右支出行為が地方自治法二四二条の二第一項二号、行政事件訴訟法三条二項等の定める行政処分ないし行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為であるとしてその取消しを求めるものである。

しかしながら、被告が原告主張のとおり本件工事請負代金の支出行為をしたとしても、その支出についての決裁ないし命令であると、また支弁(地方自治法二三二条の四から六までに定める支出の方法)であるとを問わず、本件支出行為は、その支出の原因たる工事請負契約の締結行為がもともとそうであるように、東京都が訴外会社と対等の立場において行なう私法的行為であつて、およそ行政権の優越的地位において東京都が公権力の発動として行なう公法上の行為ではないというべきである。

したがつて、本件支出行為は、地方自治法二四二条の二第一項二号、行政事件訴訟法三条二項等の規定する行政処分ないし行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為とはいいがたいから、その取消しを求める本件訴えは、けつきよく訴訟の対象を欠く不適法のものとして却下すべきである。よつて、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 中川幹郎 前川鉄郎)

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